ヒナフキンの縄文ノート

スサノオ・大国主建国論から遡り、縄文人の社会、産業・生活・文化・宗教などの解明を目指します。

縄文ノート61 世界の神山信仰

 私は人類の「多地域進化説」から日本人のルーツは北京原人ジャワ原人と思い込んでおり、天皇国史観に対して邪馬台国論争の古田武彦氏の「多元的国家論」などにもはまっていました。

 ところがDNA分析により、人類の「多地域進化説」から「アフリカ単一起源説」が証明されるようになり、今度は系統論にはまって2004年には「動物進化を追体験する子どもの遊び」論を提案し、古代史では「天皇家建国論」に対し「スサノオ大国主建国論」に進み、さらに「イネ科植物西アフリカ起源説」やアフリカからのヒョウタンや穀類を持った「主語-目的語-動詞」言語族の「海の道移動説」に進み、「縄文・弥生断絶史観」(弥生人縄文人征服説など)に対する「縄文人の内発的・主体的発展史観」をとなえました。

 そして、エジプトの白・赤2色のピラミッドが「母なる川・ナイル」源流の万年雪をいただくルウェンゾリ山信仰を起源としていることに気づき、ルウェンゾリ山→アララト山カイラス山(須弥山)→蓼科山・高原山の「天神神山信仰伝播説」に到達しました。

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 ただ、東南アジアや古マヤ・古アンデスについては調べていませんでしたので、さらに検討を進めたいと思います。

 神が太陽や地球、生物・人を造ったと考える宗教原理主義者を除いて今やアフリカからの人類の移動・拡散を疑う人は少ないでしょうが、人類は出アフリカによってはじめて文明人となったという西欧中心主義の思いこみは未だに根強いものがあります。「アフリカ文化・文明起源説」についてはほとんど検討されてきていませんので、まずは「神山ルウェンゾリ山を模倣したピラミッド説」の延長として「神山文化アフリカ起源説」をアジア・アメリカ大陸にまで広げて提案したいと思います。

 ブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter:BLM)を模して言えば、「ブラック・ライヴズ・マザー(Black Lives Mother:BLM:もとはみんな黒人だった)」論になります。

 

1.経過

 全国各地の仕事先でスサノオ大国主伝承に出合うとともに、2003年に仕事先の青森県東北町で「日本中央」の石碑を見たことが私が古事記日本書紀を読むきっかけでした。

 出雲大社正面に祀られ、古事記序文では「二霊(ひ)群品の祖」とされた夫婦神の「高御産巣日・神産巣日(たかみむすひ・かみむすひ)」が日本書紀では「高皇産霊・神皇産霊」と書かれていることを知り、この国は太陽神信仰ではなく、死者は地下や海底の「黄泉の国」に葬られ、その霊(ひ)は死体から離れて神名火山(神那霊山)の神籬(ひもろぎ:霊洩木)から天に昇り、降りてくるという霊(ひ=祖先霊)信仰の天神宗教に変わったと考えるにいたりました。古代人は親から子へと受け継がれるDNAの働きを「霊(ひ)」が受け継がれると考えたのです。

 それまで私は「卑弥呼=日巫女」説などから「アマテル(本居宣長説はアマテラス)太陽神」信仰であったと思っていたのですが、祖母から「ご先祖様をまつる」ように言われていたこともあり、この霊(ひ)信仰はすぐに納得でき、「卑弥呼=霊巫女」説に変りました。

 そして書き溜めてきたメモを2008年からYAHOOブログ「霊の国(ひの国)スサノオ大国主命の研究」などにアップし、翌2009年には「漢委奴国王=スサノノオ」説の『スサノオ大国主の日国(ひなこく)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム:梓書院)をまとめました。

 その後、縁あって縄文社会研究会に参加し、縄文人海人族論・宗教論・農耕論・日本語起源論・日本列島人起源論(ドラヴィダ系海人・山人族説)に進み、昨年の2020八ヶ岳合宿からこの霊(ひ)天神信仰縄文時代に遡るということを確信しました、

 「縄文35(Ⅲ-5) 蓼科山を神名火山(神那霊山)とする天神信仰」「縄文44(Ⅴ-2) 神名火山(神那霊山)信仰と黒曜石)」から「縄文ノート56(Ⅲ-11) ピラミッドと神名火山(神那霊山)信仰のルーツ」「縄文ノート57(Ⅵ-7) 4大文明と神山信仰」へと検討を進め、エジプトのピラミッドのルーツが「母なるナイル」源流域の「月の山」とよばれたルウェンゾリ山信仰であり、その神山・聖山信仰がチグリスユーフラテス川源流のアララト山信仰、インダス川ガンジス川源流のカイラス山(スメル山=須弥山)、縄文時代蓼科山信仰などへと波及し、スサノオ大国主一族の神名火山(神那霊山)の八百万神信仰に繋がることを明らかにしました。

 DNA分布からの人類移動・拡散論、「主語-目的語-動詞(SOV)」言語からの人類移動・拡散論、米など穀類食の伝播論と、霊(ひ)信仰による神名火山(神那霊山)信仰の分布、黒曜石使用の分布、絵文字使用の分布を重ね、現在の私は東南アジアや南北アメリカの神山信仰とピラミッド型仏塔・神塔などもまたこのエジプトの「母なるナイル」源流域のルウェンゾリ山信仰がルーツではないか、という「神山信仰単一起源説」に到達しています。

  なお、これまで「神名火山(神那霊山)信仰」としていましたが、カイラス山(スメル山=須弥山)は独峰で尖った火山型の形状をしていますが火山ではなく、ユーラシアプレートにインド・オーストラリアプレートが衝突して押し上げられたヒマラヤ造山運動によってできたものですが、私はアフリカのルウェンゾリ山信仰を受け継ぎ、インダス川ガンジス川源流として信仰されるようになったと考えています。外国向けの説明のためを考え、「神名火山(神那霊山)信仰論」とせずに、「神山信仰論」としました。

2.神山信仰の種類

 世界の神山信仰については次の3種類が見られます。

 第1は、死者の霊(ひ)が天に昇る場所(降りて来る再生信仰も)としての「(ひ)山信仰」です。確なのはピラミッドや古事記のイヤナミの「黄泉の国」と「比婆山霊場山)」神話に見られるような埋め墓と拝み墓を分離した魂魄分離(魂と死体の分離)の天神宗教によるものです。死体を風葬(殯り:もがり)・鳥葬し、あるいは川や海に流すのは魂魄分離の天神信仰を示しています。天神と地神を繋ぐ鳥・蛇・龍・雷神の「神使信仰」や、沸騰する湯気「ポンガ」や天に昇る煙や風の信仰もなども、この天神信仰に含まれます。

 第2は、天から神山に注ぎ、雪山・森山から川に水を流して農耕を助ける「水神信仰」、あるいは噴火による降灰で焼畑豊作をもたらす神山へ感謝する「(ひ)山信仰」「(ひ)山信仰」の自然神信仰です。この信仰では、洪水や噴火による災害をもたらす山の神を恐れ、その怒りを収める「恐山』信仰も表裏の関係となります。

 第3は、古代専制国家が成立し、王を太陽とみなす一神教の「(ひ)山信仰」です。各部族とその神々を統一する古代国家の成立とともに、神々を統一する唯一絶対神として太陽信仰が選ばれます。

 国や宗教によって、これらが組み合わさったり、時代とともに変化する山神信仰もあり、例えばエジプトのピラミッドは時代によって「霊(ひ)山信仰」「氷(ひ)山信仰」「日(ひ)山信仰」の複合がみられます。日本では縄文時代からスサノオ大国主建国、さらに現在まで神名火山(神那霊山)信仰ですが、天皇家記紀では「霊(ひ)」は「日」に置き換えられ、明治になって本居宣長の「アマテラス太陽神一神教」解釈の国教化により、「日(ひ)山信仰」が生まれています。

 

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3.世界の神山信仰

 これまでエジプトのピラミッドは「王墓説」が主流でしたが、ピラミッドの中に王墓はなく、別に地下に埋葬されていることが明らかとなり、奈良県や長野県・埼玉県などに伝わる両墓制(埋め墓と拝み墓)と同じ魂魄分離思想(魂と肉体の分離)であったことが解明されました。ピラミッドは「拝み墓」であり、「神殿説」に軍配があがったのです。―「縄文ノート56(Ⅲ-11) ピラミッドと神名火山(神那霊山)信仰のルーツ」参照

 古事記では、イヤナミ(伊邪那美、伊耶那美)の死後、死体は揖屋の比良坂の「黄泉の国」にあるとする一方、遠く離れた斐伊川(霊川)や日野川江の川の源流域の「比婆山霊場山)」に葬ったとされています。

 

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 「記紀神話8世創作説」は鬼の首をとったかのようにはしゃぐでしょうが、創作するならこんなヘマはやりません。これは混乱でも虚偽でもなく、日本にも魂魄分離の両墓制があり、イヤナミの死体は揖屋、魂は比婆山霊場山)から天に昇るという宗教思想があったことを示しているのです。

 この紀元1世紀頃のイヤナミ神話のルーツはチベットペルシャゾロアスター教)の風葬・鳥葬の天神宗教に遡り、日本では天皇家の殯(もがり)や沖縄・奄美風葬と洗骨、奈良県や長野県・埼玉県などの両墓制に続いているのです。

 このイヤナミの古事記記載から、私は両墓制のピラミッドのルーツがナイル川源流の神名火山(神那霊山)にあるのではないかと考え、ネットで検索したところ、木村愛二氏の「ルヴェンゾリ大爆発」を見つけ、ルウェンゾリ山の地に8000年前のイシャゴ新石器文明があることを知りました。

 木村氏はこのイシャンゴ文明を「紀元前6000年」としていますが、ウィキペディアの「イシャンゴの骨」(その刻み目については数式説・カレンダー説あり)では「2万年前頃」とされており、もしそうならエジプト・メソポタミア・インダス・黄河の四大古代文明だけでなく、日本の高原山の19~18000年前頃の1440mの高地の黒曜石原産地遺跡から伺われる神山信仰のルーツの可能性があります。さらに北アメリカ先住民の13000年前頃のクローヴィス文化やペルーの5~4000年前頃の古アンデスなどの石器文化もまた、このアフリカ中央部のルウェンゾリ山の麓のエドワード・アルバート湖畔のイシャンゴ文明がルーツの可能性がでてきました。

 そこで四大古代文明にプラスして東南アジア、メキシコ・中米、南米のコニーデ型火山について、神山信仰が見られるかどうか、ウィキペディアを中心にネットで調べてみました。 

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 「著名なコニーデ型火山で神山信仰の神話・伝承を持つものがあるか」「コニーデ型火山の地域に神山信仰を示すピラミッドやピラミッド型神塔があるか」「石器時代遺跡などの近くにコニーデ型火山があるか」という3点をざっとネットで調査したのですが、次のように山上天神信仰とそれを平地に移したピラミッド型の神殿・神塔がアフリカからメソポタミア、インド、東南アジア、中国、日本、南北アメリカまで広まっていることが明らかとなりました。

① ポッパ山(タウンカラット)

 ミャンマーのイラワジ川中流のポッパ山(中腹のタウンカラットに仏塔)は、仏教以前の「ナッ(精霊、死霊、祖霊)信仰」の聖地で、バガン平原には世界遺産のピラミッド型の仏塔(パゴダ)群が見られます。

 

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 土着の神山からナッ(精霊、死霊、祖霊)が天に昇るという信仰をもとに、神山を模してピラミッド型とした仏塔ができたことを示しています。

② ムラピ山

 インドネシアのムラピ山・ブロモ山・クリンチ山・アグン山などの美しいコニーデ型火山は「火の神が住む場所」とされて信仰されています。

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 中でもムラピ山の麓に9層の階段ピラミッドの仏教のボロブドゥール寺院遺跡群(8~9世紀)とピラミッド状尖塔の世界遺産ヒンドゥー教のプランバナン寺院群(8~10世紀)があり、インドの仏教、ヒンドゥー教などの聖地のカイラス山(仏教の世界の中心の須弥山、ヒンドゥー教のリンガ(男根)、ボン教では開祖の降臨山)信仰を引き継いでいます。

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 ③ オリサバ山

 オリサバ山はメキシコで一番高い山であり、「雲に達した地面」「星の山」と呼ばれ、この地のオルメカ文明(3200年前頃)の神話ではオリサバは「火山を形作ったワシの魂」とされ、「神が怒りで噴火したり転覆したりするのを防ぐために継続的に火山の頂点に登り神に祈った」とされています。

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 オルメカ文明は巨石人頭像で有名ですが、近くでは2017年にピラミッド状の構築物がある高さ15mの巨大な基壇があるアグアダ・フェニックス遺跡(3000年前頃)が航空レーザー測量と地上探査で発見され、チアパデコルソでは2700年前頃のピラミッド型の墓が2010年に発見されています。

 

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   古マヤ文明(紀元前3000~紀元830年)はあらゆるものに神を見出す多神教であり、天上界と地下界があると信じており、「こうしたピラミッドはウィツ(山)と呼ばれていたように、山岳信仰の影響のもとで人工の山として作られた」とされ、最古のマヤのピラミッドは3000年ごろのセイバル遺跡で確認されたとされています。

 紀元10~16世紀のチチェン・イッツァを中心とする文明の有名な「ククルカンのピラミッド」はマヤの最高神ククルカン(羽毛のあるヘビの姿の神)を祀るピラミッドで、北面階段の最下段にククルカンの頭部の彫刻があり、春分の日秋分の日に太陽が沈む時、夕日に照らされて階段の西側にククルカンの胴体(蛇が身をくねらせた姿)が現れ、ククルカンの降臨と呼ばれており、日本や東南アジア・中国の天と地を行き来する蛇神・トカゲ龍・龍神信仰との類似性が見られます。

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 なお、メキシコのポポカテペトル山(メキシコ富士、5426m)、コリマ山(3850m)、グアテマラのフェゴ山(3763m)、ニカラグアのテリカ山(1061m)などの美しいコニーデ型火山が見られますが、それら山々に神山信仰が見られるのかどうか、メソアメリカ文明(メキシコ~コスタリカ)全体については調べられませんでした。

 

④ アンデス文明

 アンデス文明には11000年前頃からの遺跡があり、7000年前頃から農耕・牧畜を行うようになり、5~4000年前頃にはペルーのカラル遺跡やエル・パライソ遺跡(不動産業者により破壊)ではピラミッド状の神殿がつくられたとされています。

   

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 エル・パライソ遺跡には供物を燃やすのに使われたとみられる炉の跡があり「炎の神殿」と名付けられ「煙によって神官たちは神とつながることができた」という解釈によれば、天神信仰であったとみられます。

 ウィキペディアの「インカ神話」によれば、「インカ帝国の国教は太陽神信仰であったとされるが、創世神話において太陽は他の神に作られることはあっても太陽自体が主神の役割をすることはなかった」「ワマニをはじめとする山上の神、地母神パチャママへの信仰は強固に残存した。 また、神秘的な力を持った物や表象物や場所、神格、神像をさす『ワカ』という概念も信仰され続けた。 雷や稲妻も天の神の姿の1つとされて信仰され、雨を降らせる力にも関連づけられた」とされ、わが国の神名火山(神那霊山)や雷神・水神信仰に見られる天神信仰とよく似ています。

 アンデス山脈にはエクアドルチンボラソ(6268m)・サンガイ山(5230m)、ペルーのミスティ山(ペルー富士、5822m)、チリ・ボリビア国境のパリナコータ山(6348m)などの美しいコニーデ型火山がありますが、神山信仰が見られるのかどうかは不明です。

 

⑤ まとめ

 日本の縄文時代からの神名火山(神那霊山)信仰が飛鳥時代に伝来した仏教と習合して修験道となり、さらに平安時代に入って最澄空海により天台宗真言宗山岳仏教となったように、仏教系のミャンマーバガン遺跡やインドネシアのボロブドゥール遺跡などはインドの「須弥山(カイラス山)信仰」を受け継いでいることが明らかです。

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 古マヤ文明や古アンデス文明には「山」を模した階段状ピラミッドの上に神殿が置かれており、次に示す人類移動の歴史からみて神山信仰がエジプト→メソポタミア→インド→アジア→アメリ カへと伝わった可能性が高いと考えますが、マヤ・インカ文字の解読などによるさらに神話や伝承からの裏付けが課題です。 

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4 黒曜石文化の伝播ルート

 私が日本の神名火山(神那霊山)信仰が縄文時代に遡るという結論に達したのは阿久遺跡の立石からの石列が蓼科山を向いていることと中ツ原遺跡の8本巨木柱が蓼科山遥拝の楼閣神殿ではないかと考えたことからでしたが、さらに栃木県の鬼怒川源流の高原山の1795mものところから19000~18000年前頃の黒曜石原産地遺跡が見つかったことで確信を深めました。

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 「縄文ノート44(Ⅴ-2) 神名火山(神那霊山)信仰と黒曜石)では次のように書きました。

 

 現在、アフリカで『主語-目的語-動詞』言語の部族はエチオピアケニアなどの『アフリカの角』あたりに居住しており、エチオピアケニアタンザニアは黒曜石の豊富な産地であり、エチオピアとはお辞儀文化が共通することからみても、エチオピアの旧石器人が黒曜石文化を持ち、海岸に沿って東進し、インドネシアの火山地帯で再び黒曜石に出合い、さらに日本列島にやってきて死者の霊(ひ)を祀る信仰上の理由から高山に登り、その途中で黒曜石を見つけ黒曜石文化を確立した可能性が高いと考えますこのような高地に縄文人が登り、途中で黒曜石露頭を見つけたか、あるいは黒曜石を産する地形条件についての知識を持ち、山に登ったかです。

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 この時のネット検索では、黒曜石はケニアニューギニアで産出しますが、ネットでの検索では、これらの地域で黒曜石文化があった痕跡には見つかりませんでした。

 ところがさらに調べると、チグリスユーフラテス川源流のアルメニアアララト山近くのアルテニ山(2046m)は「石器時代の大規模な武器工場」といわれ、ネアンデルタール人の時代から2000年前頃まで剣、手斧、削器、のみ、矢尻、槍の穂先などが製作され、その交易範囲はメソポタミアから地中海沿岸に及んでいたという資料が見つかりました。―2015年4月16日ナショナルジオグラフィック・ニュース「石器時代の大規模な『武器工場』を発掘」、『西アジア考古学』第11号前田修著「西アジア新石器時代における黒曜石研究の新展開」参照 

 

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 黒曜石はマヤ・アステカ文明において重要な交易品の一つとされ、アステカではマカナ(黒曜石の刃を挟んだ木剣:選ばれた戦士に与えられた)や黒曜石の穂先の槍として広く使われ、アステカを強力な軍事・征服国家としたとされています。

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 一方、アンデス文明では黒曜石は石鏃などに一部利用されただけであり、武具もあまり発達していないことから軍事国家ではなかったようです。

 以上のようなメソポタミア、縄文、マヤの黒曜石文化をみると、これらは別々に発達したのではなく、黒曜石を生み出す火山の神山信仰とともに人類の東進によって広がったことが明らかです。ただ黒曜石利用は、日本の場合は主に農耕に伴う鳥獣害対策のためであったと考えられます。

 なお、私はケニア地域こそが黒曜石利用のルーツではないか、との仮説を持って調べたのですが、その痕跡は見あたりませんでした。

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5.アメリカ大陸への人類移動

 神山信仰の伝播・拡散を裏付けるのは、何次にもわたる人類の移動・拡散です。

 その移動経路が主に「海辺の道」「海の道」を通った日本列島経由であることについては次のような研究があります。―「古事記播磨国風土記が明かす『弥生史観』の虚構」(『季刊 日本主義』26号2014年夏)参照

 この人類の移動とともに、神山信仰はアメリカ大陸にまで伝わったのです。

⑴ ATLウィルスから

 成人T細胞白血球病(ATL)のウィルスは、国内では西の九州・沖縄と東の東北・北海道に偏り、西アフリカ、南北米大陸の先住民、カリブ海、中国南部、パプアニューギニアに多く、アフリカを出て「海の道」から世界に分散した可能性が高いことを示しています。 

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⑵ 北南米先住民のDNAから

 北アメリカの東海岸アイダホ州のクーパーズ・フェリー遺跡の住民は15000~16000年前頃に氷のないベーリング海峡を舟で移住し、石器は北海道の白滝遺跡のものと似ているという説が見られます。―2019年08月30日 『サイエンス』より

⑶ 南米先住民のDNAから

 ペルー・チリなどの南米先住民のDNAがアイヌ縄文人ポリネシア人に近く21000~14000年前に分岐したとされています(2001年ミシガン大学のローリング・ブレイズ教授ら)。

⑷ Y染色体亜型の分布から

 現生人類の拡散を「Y染色体亜型」の分布からみると、インドネシアからオーストラリアに見られるC型や中央アジア・シベリアに見られるQ型がアメリカ大陸に多く、「海の道」と「マンモスの道」の2ルートでアメリカ大陸への何次かの移住が行われたことを示しています。

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⑸ ズビニ鉤虫から

 3500年前の南米のインディオのミイラから発見されたズビニ鉤虫(5℃以下で2年間暮らすと体内で死滅)は氷河期ではなく温暖期にベーリング海峡を舟で移住したことを示しています。

⑹ エクアドルのバルディビア土器から

 エクアドルのバルディビア貝塚遺跡では日本の縄文土器とよく似た文様の約5500年前のバルディビア土器が見られ、貝製の釣針や網漁に使われる石錘があり、鹿猟などなども含めて縄文人とそっくりです。

⑺ イモ・魚介食文化から

 エクアドルのバルディビア貝塚遺跡やペルーのカラル遺跡と東南アジア人・縄文人にはイモ・穀類・魚介食の文化の共通性が見られます。

⑻ 「主語-目的語-動詞」言語族の移動から

 「縄文ノート25(Ⅱ-1) 『人類の旅』と『縄文農耕』、『3大穀物単一起源説』」での「主語-目的語-動詞(SOV)」言語族の移動図ではアメリカ大陸を省いていましたが、追加すると図のようになり、南北アメリカ大陸の現住民へと繋がります。 f:id:hinafkin:20210312200310j:plain

  

□参考□

<本>

 ・『スサノオ大国主の日国(ひなこく)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)

 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)

<雑誌掲載文>

 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(『季刊 日本主義』40号)

 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(『季刊 日本主義』42号)

 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(『季刊日本主義』44号)

 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(『季刊 日本主義』45号)

<ブログ>

  ヒナフキンスサノオ大国主ノート https://blog.goo.ne.jp/konanhina

  ヒナフキンの縄文ノート https://hinafkin.hatenablog.com/

  帆人の古代史メモ    http://blog.livedoor.jp/hohito/

  邪馬台国探偵団              http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/

  霊(ひ)の国の古事記論 http://hinakoku.blog100.fc2.com/