『人間不平等起源論』『民約論(社会契約論)』などの著書でフランス革命に大きな影響を与えた哲学者ルソーは「自然に帰れ」を唱え(たとされ)、マルクス・エンゲルスは狩猟採集社会の「原始共産制」をモデルとし生産手段の独占のない原始共産社会を理想と考えました。一方、芸術家・岡本太郎氏は縄文土器に「人間性への根源的な感動、信頼感」を覚え、「超現代日本的美観」を見出しました。
今、地球環境や食料・健康危機、格差拡大、巨大都市化、独裁国家化、戦争・地域紛争など、この250年の工業・情報化社会、人工知能ロボット社会、格差社会の行く末について多くの人達が不安を抱いてきています。
そこで、過去の歴史から教訓をえようと、日本では昭和レトロブームや大日本帝国主義回顧、徳川幕府300年、武家政権誕生史、平安王朝文化、天皇家建国などへの関心が高まってきていますが、縄文1万数千年、人類誕生・大移動の歴史から見なおそうという動きも見られます。
さらに「政治権力交代」という視点からの歴史観だけではなく、人々の生活や仕事、社会、生活・生産文化、科学・技術、芸術・宗教・思想など物質的・精神的な人々の豊かさを基準にした新しい歴史観も見られます。縄文についても、考古学からだけではなく、般市民の目でみるようになってきています。
1 縄文文化・文明との関り
私が縄文に関心を持つようになった時期を振り返ると、第1期は雑誌で岡本太郎氏が紹介する縄文土器の写真を見て強烈なインパクトを受けるとともに、氏の「縄文土器芸術」の主張に触れ、さらに「人類の進歩と調和」を掲げた大阪万博において、背中に黒い太陽(原発・核融合炉を象徴)を背負い、体内の「生命の樹」を天に運ぶ白鳥の「太陽の塔」でした。また、氏は沖縄返還に対して「本土が沖縄に復帰するのだ」という強烈な主張を行っています。―縄文ノート「1 縄文との出会い」「31 大阪万博の『太陽の塔』『お祭り広場』と縄文」「48 縄文からの『日本列島文明論』」「197 『縄文アート論』メモ」参照
第2期は、照葉樹林帯文化論や「竹筏ヤム号」のフィリピンから鹿児島まで航海実験、大野晋教授の『日本語とタミル語』の日本語起源説、丸木舟による隠岐からの黒曜石運搬再現実験などに触発された「日本列島人起源論・縄文人起源論」であったように思います。
この頃、私は縄文野焼き作家の猪風来氏さんに来ていただき、沖縄の彫刻家・金城実氏にも参加いただき狭山市で縄文野焼きイベントを行いました。
第3期は、「三内丸山遺跡」ショックで、「縄文文明」の主張が梅原猛・安田喜憲氏(森林文明論)や梅棹忠夫氏(神殿都市論)などから出され、世界遺産に登録されて世界的に認知されるとともに、各地で縄文遺跡の発掘が進み、博物館・資料館が整備されて縄文体験イベントや縄文観光が盛んとなりました。
第4期は、最近の若い世代による現代の生活(環境・自然食志向、共同体志向、平和志向、縄文デザインなど)と結びつけた活動と思います。―「縄文ノート168 『縄文の今日的意義』『何と対峙しうるのか』『縄文の世界性』」(230514)参照
2 上田篤元阪大教授の縄文論
当「縄文社会研究会」の主宰者であった上田篤さんは「縄文十柱」を提唱し、その著書『縄文人に学ぶ』で15項目をあげていますが、私なりに整理しなおすと次の「6柱」になります。
① 自然:山海に生きる
② 母系制:女は里を守る、男は山野を歩く
③ 食生活:旬を食べる、土鍋を火に掛ける
④ 文化:晴れを着る、恋を歌う、和して楽しむ、漆を塗る
⑤ 芸術:土器に魂を込める
⑥ 宗教:祖先と太陽を拝む、日の出を遥拝する、玉をつける、大和魂に生きる、注連縄を張る
3 縄文道研究所・加藤春一さんの縄文論
縄文社会研究会で名刺交換した縄文道研究所・加藤春一代表理事は「縄文道」として次の7条をあげています。
【普遍の道】 ① 自然との一体感 ― 自然の道・Nature
② 平和希求の思想 ― 平和の道・Peace
③ 母性的社会 ― 母性の道・Diversity
④ 共同体的経済社会 ― 公平の道・Equality(富の分配が公平に行われた経済社会)
【大和の道】 ⑤ 衣食住全般の高度な美意識 ― 芸術の道・Art
⑥ 科学技術の進化マインド(水、土、火)の利用 ― 技術の道・Technology
【武士の道】 ⑦ 個の自立と和 ― 修行、修養の道・Bushido(自立、連帯)
4 「忌部文化研究会」の林博章さん(環境人類学)さんの縄文論
先日、意見交換した徳島の「一般社団法人 忌部文化研究会」の林博章さん(環境人類学)は、「徳島剣山系の持続可能な山の暮らし―生きている縄文―」において、次の5つのキーワードをあげています。
①集中 ⇒ 分散へ
②画一化 ⇒ 多様化へ
③人間重視 ⇒ 生命畏敬へ
④大量破棄 ⇒ 自然循環へ
⑤競争と共助が共立する社会へ
5 筆者の縄文文化・文明論:縄文十柱
以上のような縄文論の共通項に、私が探究してきた「食文化・文明論」「妻問夫招婚の母系制社会論」「霊(ひ)宗教論」「分散・ネットワーク(交流・交易)居住論」「糖質・DHA食と探究・探検による人類進化・拡散論」を加え、上田篤さんの「縄文十柱」に習い、次のような「縄文十柱」を受け継ぐべき未来社会の文化・文明として提案したいと思います。
<縄文十柱―縄文文化・文明から未来へ>
① 共生社会(自然・生類共生の採集栽培・漁労・狩猟文明社会)
② 共同社会(協働・分業・分配・共助の共同社会)
③ 健康社会(安定・安全な土器鍋の知的活動を支える糖質・DHA食(芋豆穀実・魚介食)社会)
④ 和平社会(戦争・殺人・略奪・奴隷化のない和平社会) 注「和平=禾(粟・米等の穀類)+口+平」
⑤ 母系社会(妻問夫招婚の母子採集・漁労・教育社会、「会同坐起、父子男女無別」の倭国)
⑥ 分住社会(分散定住・広域交流交易・共同祭祀社会)
⑦ 美楽社会(土器・土偶、貝輪・耳輪・ヒスイ・漆・刺青、土笛・石笛・土鈴・土器太鼓・縄文琴)
⑧ 個性社会(同じデザインのない縄文土器・耳飾り、アイヌの女性が男性に贈る他にない刺繍の衣服)
⑨ 霊継社会(八百万神の祖先霊信仰、女神信仰、神名火山(神那霊山)・神籬(霊洩木)崇拝)
⑩ 幸福社会(トーパミン(幸せホルモン)による探究・探検による人類進化・拡散)
過度な農耕・牧畜による自然破壊、農耕・交易による富の蓄積、侵略戦争による他部族・他民族の富の収奪・略奪婚・奴隷社会化・父系社会化・城塞都市化、侵略神一神教による軍国主義・帝国主義の侵略という歴史以前に世界的に普遍的に存在した文化・文明として縄文社会は普遍性があり、このわずか2千年あまりの西欧中心の農耕・工業・情報・格差・戦争の文化文明の行き詰まりの先を展望するヒントになると考えます。
西欧中心史観により歪曲され、葬られた母なるアフリアの文化・文明から全世界に広がった数万年の各地の文化・文明解明の道しるべとして、新たな縄文世界遺産登録と世界へ向けての「縄文十柱」の文化・文明のアピールが必要と考えます。 雛元昌弘
<参考資料:現時点で必要な修正前のものです>