ヒナフキンの縄文ノート

スサノオ・大国主建国論から遡り、縄文人の社会、産業・生活・文化・宗教などの解明を目指します。

195 縄文社会研究の方法論

 「縄文社会研究会」では1万数千年の縄文文化・文明(採集栽培・漁労狩猟・生活・家族・集団・技術・文化・宗教・言語)の全体像を明らかにし、たかだか2千年あまりの農耕・工業・戦争の文化文明の前に全世界に共通した文化・文明を明らかにし、持続的発展可能な平和な未来社会への参考にしようと取り組んできました。

 考古学は遺跡・遺物の「物」からの帰納法により「縄文社会」を推理する着実な方法ですが、当研究会では現代人さらには古代人の様々な活動から縄文人の活動へと仮説演繹的に「縄文社会」を推理してきました。

 「物」からというと科学的と思われがちですが、「発見物」からの推理という大きな限界があり、「未発見物」への推理を欠くことから、「新発見物」により容易にそれまでの定説がパアになる危険性があるのです。

 一例をあげると、出雲にめぼしい遺跡がないことから記紀に書かれた出雲神話は8世紀の創作とされてきましたが、荒神谷遺跡・加茂岩倉遺跡でのかつてない大量の銅器(銅槍・銅矛・銅鐸)の発見により、記紀に書かれたスサノオ大国主一族の建国が物証により裏付けられました。八百万神信仰により「銅槍圏(通説は銅剣圏)・銅矛圏・銅鐸圏の統一」がなされたことが明らかになったのです。

 この「荒神谷・加茂岩倉ショック」により考古学者は自らの方法論の限界を反省し、天皇中心史観の記紀分析をやりなおすべきだったのですが、未だに大勢としては従来の物からの帰納的推理の「ただもの(唯物)史観」のままであり、シュリーマンのように神話(記紀)から仮説を立てて大国主卑弥呼の墓の発見を目指すような考古学者は現れていません。

 「八百万神」神道のこの国では、死者の霊(ひ)は全て神として子孫や人々に祀られるのであり、「神話=霊話=人話」なのです。確かに記紀神話には天上の「高天原」神話のように一見すると荒唐無稽な内容が見られますが、一方ではその場所を「筑紫日向橘小門阿波岐原」と具体的な地上の地名として書いています。記紀は表面的には天皇家建国の歴史を書きながら、その裏では巧妙にスサノオ大国主国史を書き残しているのです。

 考古学者の帰納法に対し、縄文社会研究会では主催者の上田篤さん(建築家:元阪大教授)は主に「現代人の生活・文化」の伝統から歴史を遡って「縄文人の生活・文化」を演繹的に推理してきました。一例をあげると、「家の中に神棚や仏壇を祭る」文化・宗教のルーツを縄文社会に求めていくというような方法です。―『縄文人に学ぶ』(新潮新書)参照

 さらに私はスサノオ大国主7代の建国史から縄文社会を演繹的に推理するとともに、西アフリカで誕生して日本列島にやってきたY染色体D型人の大移動の痕跡を残すアフリカ・アジアの共通の文化・文明の分析から演繹的推理により縄文社会の解明に取り組んできました。

 一例をあげると、「八百万神」信仰の神名火山(神那霊山)崇拝、山の神(女神)崇拝、神籬(ひもろぎ:霊洩木)崇拝、金精(男性器)崇拝などのルーツが縄文時代さらにはアフリカに遡るのではと仮説検証を行ってきました。はてなブログ「ヒナフキンの縄文ノート」参照

 縄文社会の全体的・総合的な解明に向けては、この帰納法推理、演繹的推理の両方が欠かせず、「文献史学、古地理学、古気象学、考古学、民俗学、神話学、女性史学、東アジア学、人類学、言語学アイヌ学・沖縄学を始めとする各地域学、各種産業技術史学等」(上田篤)に、「霊長類学、遺伝子学、生態学民族学、食物・栄養学、建築学社会学、芸術・芸能学、宗教学」(筆者)などを加えた総合的な取り組みが必要と考えます。

 ただ、そのためには専門家による取り組みの前に、現代人の生活・文化・文明の諸問題の中から人類のルーツに遡って「なぜだろう」と考える直感がまずは必要であり、市民的な研究活動が出発点になると考えます。

 一例をあげると、私の岡山・兵庫の田舎の両祖父母の家には「大黒柱」があり、柱に添って「神棚」が設けられていましたが、そのルーツは出雲大社の「心御柱(しんのみはしら)」の「大国柱」ではないか、祖先霊を「仏壇」に「仏」として祀る以前は「神棚」に「神」として祀り、天から招き送り返していたのではないか、さらに「心御柱」のルーツは祖先霊の依り代である「神籬(ひもろぎ:霊洩木)」ではないか、そのルーツは東アフリカの万年雪を抱くルウェンゾリ山やケニヤ山から死者の魂が天に上るとした「神山天神信仰」でナイル川を下って平野部では人工の神山として上が白く下が赤いピラミッドに伝わったのではないか、諏訪地方の阿久・阿久尻縄文遺跡の石棒から円錐型(神那霊山型)の蓼科山へ向かう2列の石列や、蓼科山へ向いた19の巨木建築は蓼科山の「神山天神信仰」を示していないか、諏訪地方に伝わる御柱祭は「天神信仰」の「神籬(ひもろぎ:霊洩木)」ではないか、などと演繹的・帰納的に縄文宗教を推理していく方法です。

 このような私たちの身近な体験からの市民的研究を輪を広げるとともに、各分野の研究者との交流を行いながら、縄文社会の総合的な解明に取り組みたいと考えます。 雛元昌弘

 

□参考□

<本>

 ・『スサノオ大国主の日国(ひなのくに)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)

 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)

 ・『奥の奥読み奥の細道』(アマゾンキンドル本)

<雑誌掲載文>

 2012夏「古事記」が指し示すスサノオ大国主建国王朝(『季刊 日本主義』18号)

 2014夏「古事記播磨国風土記が明かす『弥生史観』の虚構」(前同26号)

 2015秋「北東北縄文遺跡群にみる地母神信仰と霊信仰」(前同31号)

 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(前同40号)

 2017冬「スサノオ大国主建国論1 記紀に書かれた建国者」(『季刊山陰』38号)

 2018夏「スサノオ大国主建国論2 「八百万の神々」の時代」(『季刊山陰』39号)

 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(『季刊 日本主義』42号)

 2018夏「スサノオ大国主建国論3 航海王・スサノオ」(『季刊山陰』40号)

 2018秋「『龍宮』神話が示す大和政権のルーツ」(『季刊 日本主義』43号)

 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(前同44号)

 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(前同45号)

<ブログ>

ナフキンスサノオ大国主ノート https://blog.goo.ne.jp/konanhina

帆人の古代史メモ(~115まで)      http://blog.livedoor.jp/hohito/

 帆人の古代史メモ2(116~)      https://hohito2024.blog.jp/

 ヒナフキン邪馬台国ノート       http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/

 霊(ひ)の国の古事記論                 http://hinakoku.blog100.fc2.com/