ヒナフキンの縄文ノート

スサノオ・大国主建国論から遡り、縄文人の社会、産業・生活・文化・宗教などの解明を目指します。

縄文ノート137 『サピエンス全史』批判その4 嘘話(フェイク)進化説

 私は「『サピエンス全史』批判その1」でユヴァル・ノア・ハラリ氏の『サピエンス全史』について、「伝説やユダヤ教キリスト教イスラム教、イデオロギー社会主義、人間至上主義)、貨幣信用などを『嘘話(虚構)』と批判し、『嘘話』で形成された集団によって人類が進歩したと勇気ある分析を行い、世界に大きな影響を与えた点は高く評価したいと思います」と述べました。

        

 ただ、「世界に大きな影響を与えた」と書いたのは不正確であり、「嘘話を信じる人たちに大きな影響を与えた」に変更したいと思います。ユダヤ教徒約0.14億人(0.2%)、キリスト教徒約20億人(33.0%)、イスラム教徒約11・9億人(19.6%)の、合計約32億人(53%)のうちの神が世界を作ったと信じる宗教者やイデオロギー集団、金権主義者にはショックだったと思われます。

 しかしながら、その代わりにハラリ氏は歴史家というより、ユダヤ・イデオローグとして「新たな嘘話」を作り上げようとしています(成功してはいませんが)。

             

 イスラエルヘブライ大学歴史学部の終身雇用教授なのですから、「唯一絶対神ユダヤ教キリスト教イスラム教の嘘話が人類を進歩させた」としてカナンの地の征服・支配、殺戮と女・子どもの奴隷化、土地・都市・財宝の略奪をの歴史を述べることから「嘘話進化論」を始めるならともかくも、「第2章 虚構が協力を可能にした」として嘘話がホモ・サピエンスからの人類進化の法則であるとする新たな嘘話を作り上げようとしているのです。 旧約聖書聖典とする世界で5割を占める「ユダヤ教キリスト教イスラム教」の嘘話が、いつ誰によって何のために作り上げられたのか、王や皇帝を首長とする神権帝国主義ヒトラーの「アーリア民族」の嘘話がいつ誰によって何のために作られたのか、そのような人類にとって重要なテーマについての歴史的・具体的な検討・証明を行うことなく、「嘘話が協力を可能にした」と嘘話があたかもホモ・サピエンスの普遍の法則であるかのようにハラリ氏は一般化しています。

 ホモ・サピエンス(「賢い人間」)が他のサピエンスのネアンデルタール人などを「中東から追い払ったばかりか、地球上からも一掃してしまった」という嘘話(何の考古学的証明はなく、ハラリ氏の妄想です)に続いて、それができた理由として、「ホモ・サピエンスだけが『伝説や神話、神々、宗教』を作り上げる認知革命を行った」「現実には存在しないものに語り、信じられる」ようになった、「虚構のおかげで、私たちは集団でそうできるようになった」「神話は、大勢で柔軟に協力するという空前の能力をサピエンスに与える」などとしています。「ユダヤ教」が歴史に果たした役割を述べるべきであるにも関わらす、それをホモ・サピエンスの本性に置き換え、ユダヤ人のカナン征服を免罪化しようとしているのです。

 ハラリ氏はこの主張を証明するために明らかな誤魔化しを行っています。ホモ・サピエンスの話をしているかと思えば、いつの間にかサピエンスとアリやミツバチ、オオカミやチンパンジーとの違いにすり替えて説明しています。ホモ・サピエンスがサピエンスに勝利した理由を述べているかと思えば、サピエンスとアリやミツバチなどとの違いで誤魔化しているのです。

 本人が単に整理能力がないだけなのか、それともずる賢くて意図的に話をすり替えているのか、『サピエンス全史』は注意して読んでいただきたいと思います。

 本の帯に書かれたジャレド・ダイアモンド氏の「歴史と現代社会の最大の問題に取り組んだ書」という評価に釣られて本書を買ってしまい読んだのですが、それこそ大嘘でした。バラク・オバマビル・ゲイツ池上彰堀江貴文氏らは、人類学や考古学・歴史学のイロハも知らないでハラリ氏の嘘話の信者に成り下がったようです。

          

 時代と場所、論点を無視し、無数の事例を羅列して読者を混乱させて「嘘話進化説」に誘導しているのが「ハラリ歴史学」=「ハラハラムリムリ歴史学」の特徴であり、さらに具体的に検証したいと思います。

 なお、何度も繰り返しますが、私はユダヤ人差別・迫害・虐殺には断固反対する立場であり、ハラリ氏の「嘘話進化説」がユダヤ人差別の解消には繋がらないと考えて批判しています。

 

1 5W1Hがない「ハラリ認知革命説」

 「嘘話(伝説・宗教・思想・ブランド・貨幣信用)をつくりだした認知革命」について、歴史家と称してハラリ氏は論じながら、「What:何を」「When:いつ」「Where:どこで」「Who:だれが」「Why:なぜ」「How:どのようにして」の整理・説明が全くできていません。

 研究者の仕事というより、『サピエンス全史』はユダヤ人のイスラエル侵略・建国をあたかもホモ・サピエンス誕生からの人類共通の本性であるかのように錯覚させるための新たな「嘘話」のアジテーションでしかありません。

⑴ What:何を

 そもそも一番肝心の「What:何を」ですが、彼は「嘘話(伝説・宗教・思想・ブランド・貨幣信用)をつくりだした認知革命」の解明を行うのが研究目的であったはずですから、伝説・宗教・思想・ブランド・貨幣信用の1つ1つについて、どのような「認知革命」がおきて社会変革に繋がったのか、整理して系統的に論証すべきでした。ところが、全ての嘘話をまとめていろんな事例をとりとめもなく羅列し、ひっくるめて「嘘話」として論じています。

 例えば「天地が初めて発した時、男女の神が成った」という古事記神話と「神が男の肋骨から女を作った」というユダヤ神話を同列に論じることはできません。後者の嘘話は女を男の付属物とみるというユダヤ民族の神話であり、キリスト教イスラム教へと今にいたるまで女性差別を正当化する果たしています。このような時代も場所も異なる、漁撈農耕民族と狩猟・遊牧民族の別々の神話を、まともな研究者なら「嘘話」として同列に論じることなどありえません。

 またギリシア神話からシュリーマンがトロイ遺跡を発掘し、荒神谷遺跡・加茂岩倉遺跡での大量の青銅器の発見によって出雲神話が8世紀の創作ではないことが明らかになるなど、神話に反映された民族の真実の歴史を具体的に解明することなく、神話や伝説のすべてを嘘話とするハラリ氏はトンデモ歴史家という以外にありません。

             

 聖書から真実の歴史を解明しようする聖書考古学などの多くの研究をハラリ氏は無視しているのであり、反科学主義の観念論者と言わざるをえません。

⑵ Who:だれが

 「Who:だれが」については、伝説や宗教などの嘘話を発明したのがホモ・サピエンスなのか、ホモ・サピエンスが滅ぼしたとハラリ氏が主張する他のサピエンスなのかという、一番肝心の説明すらあいまいです。

 そもそもネアンデルタール人などのサピエンスをホモ・サピエンスが地球上から一掃したというハラリ説は考古学・遺伝子学の裏付けがない嘘話です。

 

 さらに、ハラリ氏は嘘話認知革命をホモ・サピエンスが実現したという証明を行う代わりに、「アリやミツバチも大勢で一緒に働らけるが、彼らのやり方は融通が利かず、近親者としかうまくいかない」というおよそ無関係な例を持ち出しているのです。

 この説明はサピエンスとアリやミツバチの違いを説明しているだけであり、サピエンスの中でホモ・サピエンスだけが嘘話を創ることができ、他のサピエンスを中東から世界各地い追い払い、滅ぼしたという証明は何もしていません。ペテン師という以外にありません。

⑶ When:いつ

 「When:いつ」についての説明は、もっと混乱しています。「社会学の研究からは、嘘話によってまとまっている集団の『自然』な大きさの上限がおよそ150人であることがわかっている」と述べるかと思えば、「近代国家にせよ、中世の協会組織にせよ、古代の都市にせよ、太古の部族にせよ、人間の大規模な協力体制は何であれ、人々の集合的想像の中にのみ存在する共通の神話に根差している」と近代国家から時代を遡らせて「共通の神話=嘘話」が人類を協力させてきた、と主張しています。

 旧石器人のライオン像と自動車メーカー・プジョーのライオンマークをとりあげ、旧石器時代からライオンの嘘話により人々が協力していたなどと錯覚させようとしていますが、旧石器人のライオン立像とプジョーのライオン像のどこに共通した嘘話=神話があるのでしょうか?

 旧・新石器人の宗教を論じるならライオン像ではなく、世界各地で多数発見されている女性像・女神像について論じるべきであり、それが母系制共同社会の信仰の反映である可能性こそまず検討すべきです。―縄文ノート「10 大湯環状列石三内丸山遺跡が示す地母神信仰と霊(ひ)信仰」「32 縄文の『女神信仰』考」「99 女神調査報告3 女神山(蓼科山)と池ノ平御座岩遺跡」「75 世界のビーナス像と女神像」「85 『二足歩行』を始めたのはオスかメス・子ザルか」「86 古代オリンピックギリシア神話が示す地母神信仰」「90 エジプト・メソポタミア・インダス・中国文明の母系制」「92 祖母・母・姉妹の母系制」「126 『レディ・サピエンス』と『女・子ども進化論』」参照

 「ライオンマン」を持ち出す前に、旧・新石器時代は男性社会であって、女神信仰は現実を反映していない「嘘話」であるとハラリ氏は証明することから始めるべきでしょう。

⑷ Where:どこで

 「Where:どこで」も同じです。ホモ・サピエンスが世界を支配する「嘘話能力」を獲得したのは、サルからサピエンス、さらにホモ・サピエンスが生まれたアフリカでのことなのか、ホモ・サピエンスが他のサピエンスを「中東から追い払ったばかりか、地球上からも一掃してしまった」(注:ハラリ氏の単なる妄想ですが)という中東でのことなのか、あるいはネアンデルタール人が住んでいたヨーロッパやデニソワ人が住んでいたロシア・アルタイ地方でのことなのか、具体的な説明も証明もありません。

 

 ハラリ氏の説は、具体的な歴史分析から離れた空論・空想・嘘話という以外にありません。―縄文ノート「64 人類拡散図の検討」「65 旧石器人のルーツ」「81 おっぱいからの森林農耕論」「85 『二足歩行』を始めたのはオスかメス・子ザルか」「87 人類進化図の5つの間違い」「88 子ザルからのヒト進化説」「89 1段階進化論から3段階進化論へ」「107 ドーパミンからの人類進化論―窮乏化進化か快適志向進化か」「111 9万年前の骨製銛からの魚介食文明論」「126 『レディ・サピエンス』と『女・子ども進化論』」参照

⑸ Why:なぜ

 「Why:なぜ」についても同じです。ユダヤ人が作り上げ、キリスト・イスラム教徒が信じる神話や宗教は「旧約聖書」にはっきりと書かれています。

                                   

 羊と山羊の遊牧民が農耕民の豊かな国を奪うために、「ヤハウエ神」が「君の子孫に私はこの地を与える。エジプトの大河からユーフラテスの河まで」と約束したという嘘話をユダヤ人が発明し、男は殺し女・子どもは奴隷にし、泥棒・略奪を行うことができた、とハラリ氏は旧約聖書を例をあげて説明すべきなのです。侵略と略奪、殺人と奴隷化を公認し、奨励するために、「ヤハウエ神」をユダヤ人が発明した、とハラリ氏は具体的に述べるべきでしょう。

 サピエンスの中でホモ・サピエンスだけが嘘話を作り出す必要があったという理由について、アリやミツバチで説明するのではなく、ユダヤ人の「ヤハウエ神」の嘘話がなぜ生まれたのか、ユダヤ人の歴史からハラリ氏は解明すべきです。

⑹ 「How:どのようにして」

 「How:どのようにして」嘘話を作り上げるかについて、ハラリ氏は「カトリックの司祭が『これは私の身体だ!』という意味のラテン語を唱えると、あら不思議―パンはキリストの肉に変わった。司祭がすべての手順を滞りなく熱心に執り行うのを目にした何百、何千万ものフランスの敬虔なカトリック教徒は、聖別されたパンとブドウ酒の中に神が本当に存在しいるかのように振る舞った」という宗教儀式を例にあげ、嘘話の「すべては、物語を語ること、人々を説得してその物語を信じさせることにかかっていた」と説明しています。

 これは一面では真実を言い当てているように思えます。ユダヤ人を殺戮したヒトラーは「嘘を大声で、充分に時間を費やして語れば、人はそれを信じるようになる」と言い、ナチス政権の国民啓蒙・宣伝大臣であったゲッベルスは「嘘も100回言えば真実になる」と同じことを言っています。ハラリ氏はこのヒトラーゲッペルスと同じプロパガンダ・宣伝理論の持ち主のようですが、またまた大きな嘘をついています。

         

 ユダヤ人が侵略したカナンの人々は別の神を信じていたに違いありませんが、ユダヤ人たちはその神々の司祭者・信仰者たちを殺戮し、ヤハウェ神を信じるように強制したのです。ヨーロッパでは母系制社会の女性祭祀者をキリスト教の牧師たちは「魔女」として焼き殺し尽くしたのです。「魔女の宅急便」のキキや黒猫ジジ、「ハリー・ポッター」の魔法使いたちは全て抹殺されたのです。

                             

 トランプ元大統領やプーチン大統領のように「フェイクだ」と大声て決めつける前に、ハラリ氏は歴史学者として神話や伝承が真実の歴史の反映か、単なる嘘話か、1つ1つ整理すべきでしょう。

 ハラリ氏の「嘘話進歩史観」の歴史学社会心理学のレベルを疑います。

 

2 嘘話が先か、共同利益が先か?

 ハラリ氏は「認知革命の結果、ホモ・サピエンスは嘘話の助けを得て、より大きく安定した集団を形成した。・・・社会学の研究からは、嘘話によってまとまっている集団の『自然な』大きさの上限がおよそ150人であることがわかっている」「今日でさえ人間の組織の規模には、150人というこの魔法の数字がおおよその限度として当てはまる」と述べながら、どう混乱しているのか、そのすぐ後では「膨大な数の見知らぬ人どうしも、共通の神話を信じることによって、首尾よく協力できるのだ」「人間の大規模な協力体制は何であれ、人々の集合的想像の中にのみ存在する共通の神話に根差している」と述べて何万もの住民から成る都市や、何億もの民を支配する帝国が神話という嘘話で可能となったと述べています。

 ハラリ氏は論理的に整理して書くことができないタイプのようで、彼のバラバラ事件とも言える主張を整理するのは大変ですが、「150人までの集団をまとめる嘘話」と「何万・何億人をまとめる嘘話=神話」が同じなのか違うのか、どこがどう違うのか、きちんと分析できていません。

 もし私が「嘘話論」を書くなら、旧石器、新石器、古代、中世、近世、近代、現代などの各時代ごとに、地域特性に応じて、社会、産業、宗教、国家、軍事などの集団ごとに嘘話がどう形成されてきたか、2次元・3次元の一覧表を作って分析します。ハラリ氏の作業は混乱を極め、時代・地域・集団を無視してチャランポランに事例を並べたてています。

 日本では1970年頃に吉本隆明氏の『共同幻想論』が流行りましたが、ウィキペディアは「当時の国家論は、集団生活を成立させる機能として国家を作ったという社会契約説や、国家とはブルジョワジーが自分の既得権益を守るために作った暴力装置であるというレーニン的な国家論が一般的であった。つまり、国家とはルール体系であり、機能性を重視したシステムなのである。しかし、吉本は、国家とは共同の幻想であると説く。人間は、詩や文学を創るように、国家と言うフィクションを空想し、創造したのである」と要約しており、ハラリ氏の「嘘話」説と同じ主意主義説ですが、国家論に収束するように国家共同幻想=嘘話を論じている点はまだ整理されています。

                                      

 ところが、ハラリ氏の嘘話論は、もっとも身近で現実的な問題として、ユダヤ人の民族形成や「ヤハウェ神」の発明、カナン征服、アラブ人の土地を奪った第2次世界大戦後のイスラエル国家建設などの分析をまず行うのではなく、ホモ・サピエンスの歴史から嘘話論を作り上げようとしているのです。それはすでにみたように、アリやサルとサピエンスの違いで嘘話を説明しているかと思えば、旧石器人のライオン像とプジョーのライオンマークと同じ「嘘話」の例として思わせぶりに書いたり、カトリック司教の呪文によってパンとブドウ酒の中に神がいると信じるという例をあげ、さらにはホモ・サピエンスが他のサピエンスを絶滅させたという現在は否定されている説を持ち出し、それを可能にしたのがホモ・サピエンスだけが嘘話を作ることができたかのように書くなど、要するに支離滅裂でまともな論証とは程遠いものです。

 賢いホモ・サピエンスが他のサピエンスを絶滅させたとしてますが、すでに見たように両者は長い間、共存し、現代人のDNAにネアンデルタール人のDNAが含まれることが明らかとなっており、「嘘話」による集団的戦闘力の差でホモ・サピエンスネアンデルタール人を絶滅させた証拠などどこにもありません。

 前に書きましたが、異種類のサルの集団が助け合う例やゴリラやチンパンジーの群れが棲み分けを行っている例、東南アジアの少数民族が住み分けを行っている例などの文化人類学をハラリ氏は無視しています。他のサピエンスが死滅し、ホモ・サピエンスだけが生きのこることができたのは、突然変異によって疫病への免疫力を獲得することができたからであるという説を私は支持します。

 ユダヤ人の例に戻りましょう。アララト山あたりにいた貧しい羊・山羊飼いの遊牧民ユダヤ人がカナンの地を征服したのは、ヤハウェ神が「君の子孫にわたしはこの地を与える」と言ったという嘘話を信じたからなのか、それとも「乳と蜜の流れる場所」である豊かなカナンの地を奪い、男は殺し食料と女、財宝と都市を奪いたかったユダヤ人の野蛮で貪欲な欲望からなのか、どちらが先なのでしょうか?

                  

 農耕民に放牧地を奪われ、あるいは寒冷化・乾燥化により牧草地を失い、放牧民が農耕民の国へ侵略を繰り返してきたことは中国の2000年の歴史を見れば明らかですが、旧約聖書アブラハムの放牧の跡をたどると、都市住民に乳と肉と羊毛を提供し、小麦や鉄製品などを交易して移動していたことが明らかであり、豊かな農耕・交易民のカナンの地は小国家が分立して軍事力が弱く、その隙を突いてユダヤ人たちはその土地・都市・財宝・女が欲しくて征服と殺戮を行ったのであり、それを正当化するために「ヤハウェ神」を発明し、キリスト教徒は神を「ゴッド・キリスト・精霊」に、イスラム教徒は「アッラー」に置き換えたのです。

 私は「汝の敵を愛せよ」とユダヤ教を否定したキリストは偉大な思想家と考えますが、その弟子たちはユダヤ教に先祖帰りして、帝国主義の世界征服の手先に成り下がってしまったようです。

 古くからの哲学の命題である、存在より思考・精神を優先する唯心論(意識が存在を決定する)・主意主義(われ思うがゆえに我あり)・観念論(精神論)と唯物論(存在が意識を規定する)の論争に立ち返ってみるとわかりやすいのですが、ハラリ氏の嘘話論は主意主義のい変形(われら嘘を信じるがゆえにわれらあり)なのです。

 「ユダヤ人のカナン征服」「アラブ人の地を奪ったイスラエル建国」さらには「ユダヤ金融資本のグローバリズム」というユダヤ人の欲望・野望を隠し、ハラリ氏は「嘘話が人々を団結させた」「嘘話を作ったホモ・サピエンスが他のサピエンスを絶滅させた」「嘘話が人類を進化させた」として、その行為が人類普遍の原理であるかのようにみなす「嘘話進化論」を作り上げたのです。

 人々が共同するようになったのは「共同生活・活動が先か、嘘話が先か」ですが、日本の縄文時代(土器鍋時代:新石器時代)でみると、例えば6000~5500年前の諏訪の阿久・阿久尻遺跡のストーンサークルや神名火山(神那霊山)を示す立石・石列、多くの方形巨木列柱神殿は150人をはるかに超える広域の共同体の祖先霊信仰の共同祭祀を示しており、それらの共同作業を行った人たちは母系制社会の家族・氏族・部族社会の共同生活・広域交易・妻問夫招婚の延長上で共通の祖先を祀る共同祭祀を行ったのであり、「嘘話」の神話によって人々が共同性を獲得したとする合理的な理由はありません。―縄文ノート「104 日本最古の祭祀施設―阿久立石・石列と中ツ原楼観拝殿」「105 世界最古の阿久尻遺跡の方形巨木柱列群」  

  

 嘘話などなくても家族、氏族社会、部族社会は共同生活を通して共同意識を育み、そこから死者の霊(ひ)が神名火山(神那霊山)から天に昇り、天と地を結び雨を降らせる龍神などの空想を膨らませたのです。

 

3 擬人化を神格化と勘違いさせるハラリ氏の嘘話

 ハラリ氏はドイツ南部で発見された旧石器時代、32000年前頃の象牙彫刻「ライオンマン」とフランスの自動車メーカー・プジョーのライオンマークから独特の「嘘話説」を紡ぎ出していますが、ライオンマンについて「おそらく宗教的な意味を持ち、実際には存在しないものを想像する人類の心の能力裏付ける、議論の余地のない例」とし、プジョーについては、「人間のアルマン・プジョーは、いったいどうやって会社のプジョーを生み出したのだろう?・・・すべては、物語を語ること、人々を説得してその物語を信じさせることにかかっていた」という奇妙な説を述べています。

  

 まずライオンマン像から見ていきますが、ハラリ氏はこれを実際には存在しない神像と解釈していますが、私にはライオンを人に見立てて表現したとしか思えません。ミッキーマウスやドナルドダックと同じ擬人化です。ハラリ氏にはミッキーマウスやドナルドダックが神像に見えるようですから、相当な変人です。―「縄文ノート7 動物変身・擬人化と神使、肉食と狩猟」参照

 プジョーのライオンマークは自動車工場のあったフランシュ・コンテ州の紋章を模しており、その地を誇りにしていることを示しており、もともと鋸を作っていたプジョーの広告の「鋸の刃の堅牢さは、ライオンの歯のごとく」「鋸の刃のしなやかさは、ライオンの強靭な肉体のごとく」「鋸の刃の切れ味の良さは、獲物に飛びかかるライオンのごとく」にみられるように、これまた「擬人化」ならぬ「鋸の擬ライオン化」なのです。

 なお、プジョーに投資した人たちはプジョーの経営計画に確かさを感じたから投資したのであり、そこに働く人たちはいい賃金を得るためであり、プジョーの車を買う人はその性能やデザインを支持したのであり、ライオンマークを神像とみて信仰したのでも、プジョーという嘘話に騙されたのでもありません。プジョーの信用はその会社の経営と賃金と製品の実質に裏付けられたものなのです。もし、鋸の刃が実際に堅牢・強靭でなく切れ味が悪ければ、プジョーはとっくに倒産していたでしょう。プジョーの宣伝が嘘話と決めつけるハラリ氏こそが嘘八百の嘘つきというべきでしょう。嘘話で車を売っているとされたプジョーやその車の利用者は、ハラリ氏を告訴すべきです。

 

4 ハラリ氏の「認知革命」の怪しい定義

 ハラリ氏はホモ・サピエンスだけが嘘話を作り出し、共有できたというのですから、それは「嘘話革命」と名付けるべきでしょう。「認知革命」などと思わせぶりな単語を使用していることこそ胡散臭いという以外にありません。

 普通、「認知」といえば親が子を自分の子として認めることでしょう。ハラリ氏は「ヤハウェ神がユダヤ人を神の子と認知してカナンの地をくれた。われわれはこの神の意志を共有してカナン人を殺し、奴隷にした」という嘘話を認知革命といいたいのなら、ユダヤ教やそれを受け継いだキリスト教イスラム教を嘘話として論じるべきでしょう。ヒトラーの「優秀なアーリア民族は劣等民族のユダヤ人やスラブ人を一掃すべきだ」という嘘話を信じたドイツ人は、ユダヤ人と同じように人類普遍の嘘話を信じるホモ・サピエンスの認知革命のおとし子というのでしょうか?

 一般的な「認知」ではなく、心理学の装いをこらして「認知」という言葉をハラリ氏は使ったのでしょうか?

 しかしながら、心理学では「認知」は「知識を得る働き、すなわち知覚・記憶・推論・問題解決などの知的活動を総称する」としており、「嘘話創作力=空想力」や「嘘話共有=共同幻想」はそもそも認知の概念には含まれていません。

 あるいは「認知科学」の方法論を受け継いでハラリ氏は「認知革命」という言葉を使ったのでしょうか?

 しかしながら、ウィキペディアによれば「認知心理学で鍵となったのは、人工知能と計算機科学で成功した機能を研究し発展させることで、人間の心的プロセスについて検証可能な推論を立てることができる」と説明し、スティーブン・ピンカーの『人間の本性を考える』により、認知革命の中心となる主張を「①心的世界は、情報、計算、フィードバックという概念によって物理的世界に位置づけることができる」「②心は空白の石版ではありえない」「③無限の幅を持つ行動は、心のプログラムの有限の組み合わせによって生み出されうる」「④基盤となる心的メカニズムは普遍的である一方で、それを覆う表層部分は文化によって異なりうる」「⑤心は多くの相互作用する部分から構成される複雑なシステムである」としています。

 この「認知革命」の用語から、ハラリ氏は「④基盤となる心的メカニズムは普遍的である」という部分だけに着目し、「嘘話」を人間の普遍的心理的カニズムと考えたのでしょうが、「泥棒」「殺人」「女の誘拐・奴隷化」は普遍的な心的メカニズムではなく、「嘘話」だけ普遍的心理的カニズムであると証明すべきです。

 ハラリ氏はこの「認知革命」という用語を使うなら、人工知能・計算機科学を使い5つの指標から「嘘話」だけが普遍的心的メカニズムであると証明すべきです。ハラリ氏はかっこよく科学的に見せるために「認知革命」という言葉を拾ってきて使っただけのようです。(注:ハラリ氏は言語学者ノーム・チョムスキーの「普遍文法仮説」の考えを模倣・転用した可能性があると考えますが、私は人類拡散史からチョムスキー理論には違和感を持っており、勉強したうえでいつかまとめたいと考えます)

         

 日本の研究者・ジャーナリストには、外国の研究の単なる翻訳者にすぎない人が多くてガッカリすることが多いのですが、池上彰氏も「ハラリ認知革命説」をかつぐなら、日本の文化人類学者や心理学者、歴史学者などの研究者にヒアリングし、賛否両論の解説を行うべきでしょう。池上氏は解説者ではなく研究者であるというなら、単なる受け売りではなく、自分の頭で考えたことを付け加えて紹介すべきでしょう。

 

5 ハラリ氏に必要なのは歴史からの具体的な教訓

 今、ウクライナ戦争で世界は大きな岐路に立たされています。プーチン大統領の「ゼレンスキー政府はネオナチ」という嘘話を信じる多くのロシア国民とその嘘話を信じない多くのウクライナ国民にとって必要なのは、それが真実なのか嘘話なのかの徹底的な議論です。

 ユダヤ人を迫害したナチスヒトラーやロシアの反ユダヤ主義キリスト教徒に殺され、奴隷化されたアフリカ・南北アメリカの原住民、ユダヤ人に今も土地を奪われ殺され続けているアラブ人に対して、「嘘話はホモ・サピエンスの認知革命の必然」などと言っている場合でしょうか? ハラリ氏はヒトラープーチンの支持者なのでしょうか?

 ハラリ氏に必要なのはトインビーの「自国の歴史を忘れた民族は滅びる」ではないでしょうか?

 

□参考□

<本>

 ・『スサノオ大国主の日国(ひなのくに)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)

 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)

<雑誌掲載文>

 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(『季刊 日本主義』40号)

 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(『季刊 日本主義』42号)

 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(『季刊日本主義』44号)

 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(『季刊 日本主義』45号)

<ブログ>

  ヒナフキンスサノオ大国主ノート https://blog.goo.ne.jp/konanhina

  ヒナフキンの縄文ノート https://hinafkin.hatenablog.com/

  帆人の古代史メモ    http://blog.livedoor.jp/hohito/

  邪馬台国探偵団         http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/

  霊(ひ)の国の古事記論 http://hinakoku.blog100.fc2.com/