ヒナフキンの縄文ノート

スサノオ・大国主建国論から遡り、縄文人の社会、産業・生活・文化・宗教などの解明を目指します。

縄文ノート74 縄文宗教論:自然信仰と霊(ひ)信仰

 縄文文化・文明に関心を持つ方は、近代・現代文明に行き詰まりを感じ、縄文人の自然と調和した「持続可能な」「持続的発展可能な」生き方や社会のあり方、階級・男女・老若の格差がなく互いに助け合う共同体社会、個性的で豊かな力強い芸術、自然・生命を大事にする思想・宗教などにあこがれ、これからの社会モデルとして考える人が多いのではないでしょうか?

 私の縄文研究は、スサノオ大国主建国論から入ったため、スサノオ大国主一族の氏族社会・部族社会の「霊(ひ:祖先霊)信仰」や「海人族の米鉄交易」「鉄先鋤による水利水田稲作」などから遡って縄文社会を分析し、縄文人の霊(ひ)信仰や海人族の海洋交易や母系制社会の妻問夫招婚、農耕起源などに重点をおいた分析となっています。

 「霊(ひ)信仰」から神山(神名火山(神那霊山))天神信仰・神木(神籬:ひもろぎ)信仰・性器信仰・神使信仰などを分析するとともに、「海人族」の倭音倭語からの縄文語ドラヴィダ語起源説とアフリカからの「海の道」竹筏民族移動説、「五百鋤々王」大国主の鉄先鋤による水利水田稲作革命からの石器農具・黒曜石鳥獣害対策イモ穀類農耕説などに進み、さらにDNA分析とスサノオ大国主一族と縄文人に共通する神名火山(神那霊山)信仰と海幸彦・山幸彦神話、ヒョウタンと雑穀の原産地から、縄文人の起源をドラヴィダ海人・山人族とし、さらにそのルーツがアフリカのニジェール川流域から高地湖水地方に移住したY染色体D型の部族であることを明らかにしてきました。

 このようにスサノオ大国主建国から縄文時代へと歴史を遡ったため、旧石器人から縄文人への自然との関りについての分析が不十分であり、整理しておきたいと考えます。

 「縄文ノート48 縄文からの『日本列島文明論』」では、縄文文化・文明を「森の文明」(梅原猛安田喜憲氏)や「湿潤地帯文明」(梅棹忠夫)、「稲作漁撈文明」「日本海文明」「生命文明」(安田喜憲氏)、「水と緑の文明」「海洋民文明」(川勝平太氏)などとした各氏の主張を紹介しましたが、世界の他の文明との比較を含めて、さらに検討を深めたいと考えます。

 「持続可能性」「持続的発展可能性」について議論され、世界的な格差拡大・対立や一神教ユダヤ・キリスト対イスラム教)同士の争い、新冷戦と言われる思想対立など「文明の衝突」が危惧されている現在、改めて「縄文文明」が持つ「自然と生命」の普遍的価値について考察したいと考えます。

 なお、「霊(ひ)、魂、霊魂、神、鬼」の用語については、「縄文ノート37 『神』についての考察」などで整理していますが、古事記序文で「二霊(ひ)群品の祖となりき」と書かれ、本文では「タカミムスヒとカミムスヒ(古事記:高御産巣日・神産巣日、日本書紀:高皇産霊・神皇産霊)」を始祖夫婦神としてあげていること、出雲では妊娠を「霊(ひ)が止まらしゃった」ということや「ひと=霊人=人」であり、「たましい=たましひ=玉し霊」であること、「八百万(やおよろず)神」として死者が神として祀られていること、魏書東夷伝倭人条で卑弥呼(霊御子)の宗教を「鬼道(鬼神信仰)」としていること、インドのドラヴィダ族や東南アジア山岳地域には「pee(ぴー)」信仰がみられ、琉球方言に残るように「ぱ行」が「は行」に変わったことなどから、「霊=魂=霊魂=神=鬼」であり、「霊(ひ)」信仰として書きます。―縄文ノート38 霊(ひ)タミル語pee、タイのピー信仰)参照

 縄文人はDNAの働きを「霊(ひ)が受け継がれる」と考え、霊継(ひつぎ)を何よりも大事と考えた「生命崇拝」の宗教であったのです。

 

1 縄文宗教論の経過

 これまで、私は次のような縄文人の霊(ひ)・霊継(ひつぎ)宗教について次のような分析を行ってきました。

 

Ⅲ 縄文宗教論

 Ⅲ-1(31) 大阪万博の「太陽の塔」「お祭り広場」と縄文 191004→201223

 Ⅲ-2(32) 縄文の「女神信仰」考 200730→1224

 Ⅲ-3(33) 「神籬(ひもろぎ)・神殿・神塔・楼観」考 200801→1226

 Ⅲ-4(34) 霊(ひ)継ぎ宗教(金精・山神・地母神・神使文化) 150630→201227

 Ⅲ-5(35) 蓼科山を神名火山(神那霊山)とする天神信仰 200808→1228

 Ⅲ-6(36) 火焔型土器から「龍紋土器」 へ 200903→1231

 Ⅲ-7(37) 「神」についての考察 200913→210105

 Ⅲ-8(38) 「霊(ひ)」とタミル語peeとタイのピー信仰 201026→210108

 Ⅲ-9(39) 「トカゲ蛇神楽」が示す龍蛇神信仰とヤマタノオロチ王の正体 201020→210109

 Ⅲ-10(40) 信州の神名火山(神那霊山))と「霊(ひ)」信仰 201029→210110

 Ⅲ-11(56) ピラミッドと神名火山(神那霊山)信仰のルーツ 210213

 Ⅲ-12(61) 世界の神山信仰 210312

 Ⅲ-13(73) 烏帽子(えぼし)と雛尖(ひなさき) 210510

Ⅵ 日本列島人起源論

 Ⅵ-4(51) 縄文社会・文明論の経過と課題 200926→210204

 Ⅵ-7(57) 4大文明論と神山信仰 210219

 

 大和中心史観・天皇国史観・伊勢神道が「アマテル太陽神信仰説」であるのに対し、霊(ひ)を産むタカミムスヒ・カミムスヒの「産霊(むすひ)」夫婦を始祖神とするスサノオ大国主一族の建国は死ねば誰もが神となる「八百万神」の「霊(ひ)信仰」で百余国の部族国家を統一した平和的な建国であることを明らかにしました。―『スサノオ大国主の日国(ひなこく)―霊(ひ)の国の古代史―』等参照

 この出雲神道は死者の霊(ひ)は死体から離れ、神名火山(神那霊山)の山上の磐座(いわくら)や神籬(ひもろぎ:霊洩ろ木)から天に昇り、降りてくるという山上天神信仰であり、霊継(ひつぎ:霊(ひ)=命のリレー)を最高価値とする家族・氏族・部族共同体の宗教であったのです。―「縄文ノート34 霊(ひ)継ぎ宗教論(金精・山神・地母神・神使)」参照

 そして、縄文社会研究に入り、その起源が縄文時代蓼科山の神名火山(神那霊山)信仰や各地の環状列石・石棒円形石組・土偶、龍紋土器縁飾りなどに遡ることを解明しました。―「縄文ノート40 信州の神那霊山(神名火山)と『霊(ひ)』信仰」参照

 さらに、この霊(ひ)信仰のルーツがインド・東南アジアのドラヴィダ海人・山人族の「ピー信仰」に遡り、さらにはアフリカ湖水地方から始まり、エジプト・メソポタミアインダス文明へと続く魂魄分離の天神の神山信仰に遡ることを明らかにしてきました。―「縄文ノート38 『霊(ひ)』とタミル語peeとタイのピー信仰」「縄文ノート56 ピラミッドと神名火山(神那霊山)信仰のルーツ」「縄文ノート61 世界の神山信仰」参照

 未だに根強い本居宣長の「天照=アマテラス読み説」による「世界を照らすアマテラス太陽神一神教信仰」を流布する皇国史観天皇家国史観・大和中心史観に対し、天照をアマテル(海人照)と読み、アマミキヨを始祖神とする琉球から甘城・奄美・天草・天ケ原(あまがはら:壱岐)・甘木(現朝倉市:あまぎ=天城)・天下原(あまがはら:加古川市東神吉町)などへと拡散したドラヴィダ系海人・山人族の旧石器・縄文時代からスサノオ大国主建国こそ正史とすべきなのです。

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 なお、スサノオの子の大年(大物主)が拠点とした大和(大倭=おおわ)には、記紀に書かれたアマテルの誕生地・埋葬地の「筑紫日向橘小門阿波岐原」「天安河」「高天原天原の背後の高台)」などはどこにもなく、アマテル神話を「大和(おおわ)」に結びつけ、さらにはアマテルを卑弥呼とし、モモソヒメの墓とされてきた箸墓をアマテルや卑弥呼の墓とする説など成立する余地はありません。―『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)参照

 なお、私は箸墓はオオタタネコ大田田根子スサノオの子の大年、大物主を襲名)と妻のモモソヒメ(倭迹迹日百襲姫:第7代孝霊天皇皇女)の墓であることを論証しており、Seesaaブログ『ヒナフキン邪馬台国ノート』の「纏向の大型建物は『卑弥呼の宮殿』か『大国主一族の建物』か」(200128)を参照下さい。https://yamataikokutanteidan.seesaa.net/article/473308058.html

 

2 縄文時代に「太陽信仰」はあったか?

 縄文時代の立棒・円形石組を日時計として太陽信仰のシンボルとし、鬼道の卑弥呼を「霊御子」ではなく「日巫女」として「アマテル(天照)」に結び付け、天皇制へと繋げようとする新皇国史観の縄文論についてはこれまで何度も批判してきましたが、縄文時代は「太陽信仰」ではなかったことについて、再度、整理しておきたいと考えます。

 1は、縄文土器土偶、さらには銅鐸や弥生式土器などに「太陽デザイン」が見られないことです。エジプトの太陽神アテンの一神崇拝やベトナム北部から東南アジア・中国ミャオ族などに広がった銅鼓文化(ドンソン文化)、アステカ・インカ文明などに見られるような、太陽から放射状に太陽光を描いたような太陽デザインが皆無であるという極めて単純明快な判断基準で判断すべきです。

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  岡本太郎氏の「太陽の塔(原題は「生命の樹」)を見ても、頭・腹・地下(海)の顔には太陽光のフレア(炎)はなく、背中の「黒い太陽」(原発を象徴)だけにフレアが描かれて「若い太陽」など他の彼の太陽のデザインと同じであり、「丸」だけでなく「フレア」こそ太陽デザインの特徴なのです。―「縄文ノート31 大阪万博の『太陽の塔』『お祭り広場』と縄文」参照

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 第2に、大湯環状列石などの石棒・円形石組を「日時計」として夏至冬至などの方位を示すとし、夏至冬至に祭祀を行ったとして太陽信仰と結びつける説には根拠がないことです。

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 死者の葬儀の時に集まるのではなく、夏至冬至など祭祀日を決めて人々が先祖の地の墓地に集まって共同祭祀を行っていたのなら、それは氏族・部族共通の祖先霊信仰を示しているのであり、太陽信仰の証明にはなりません。母なる大地に死者は帰り、蘇る(黄泉帰る)という地神(地母神)信仰であり、円形石組は女性器、石棒は男性器を表していると見るべきでしょう。なお、大湯環状列石では石棒・円形石組のセットのほかに、石棒は内環・外輪に多く立てられており、男根を母なる大地に突き挿し、死者の再生を祈っているのです。

 第3は、アマテルが天岩屋戸に隠れる(死ぬ)と高天原葦原中国が暗くなり、出てくる(霊継を行った後継女王が現れる)と明るくなったという記紀神話をもとに、縄文時代にも太陽信仰があったとする説ですが、「比喩的表現」など知らない文学オンチ説という以外にありません。

 そのような新皇国史観歴史学者たちは、『オー・ソレ・ミオ』(私の太陽)を歌うイタリア人は太陽教、「暗い世」「暗黒時代」は「アマテルが隠れた時代」という珍説を世界に公表し、アマテル太陽神説を主張してみるべきでしょう。

 4に、歴史家やマスコミは卑弥呼=アマテルが鏡を頭上に掲げて太陽光を反射させる空想場面をよく登場させますが、エジプト神話の太陽神ラーのように頭上に太陽を置いたり、鏡を太陽と見立てるような記録は日本にはどこにもありません。

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 古事記によれば、アマテル(本居宣長説はアマテラス)が死んだとき、山から榊(神籬:霊漏ろ木)を取り、上枝に死者の「勾玉の首飾り」、中枝に「八尺(やた)鏡」、下枝に白と青の「和幣(にきて:布)」を付け、岩屋戸の前に飾ったとしており、鏡は太陽をシンボルとしたものではありません。―「縄文ノート34 霊(ひ)継ぎ宗教論(金精・山神・地母神・神使)」参照

 ニニギの天下りにあたってアマテルが鏡を渡し「我が御魂として、我が前で拜(おがむ)むように、拜み奉れ」と古事記に書いているように、鏡は人の姿を映す道具で、中に魂(たましい=玉し霊)が宿ると考えられていたのです。

 後の群馬県大泉町古海出土の女子埴輪では、ネックレスを首に巻き、鏡(五鈴鏡)は腰に下げています。

 第5に、魏書東夷伝倭人条には卑弥呼の宗教は「鬼道」と書かれており、30国の王たち共通の鬼神(祖先霊:70~80年続いた委奴国王)を祀る宗教であり、「卑弥呼(霊御子)」は委奴(いな)国王の霊(ひ)を受け継ぐ王女なのです。卑弥呼を太陽信仰の「日巫女」とする根拠は「永遠の0」です。

 以上、繰り返しになりましたが、日本の神道の中心にアマテル太陽神信仰を置き、縄文時代の自然信仰の中心に太陽を置こうとする歴史学者・マスコミの主張にはなんら根拠がありません。

 

3 家族・氏族・部族・民族共同体の根本宗教は霊(ひ)信仰

 「縄文ノート15 自然崇拝、アニミズム、マナイズム、霊(ひ)信仰」において、私は次のように書きました。

 

 多部族・多民族社会から、部族・民族を統一した古代国家が生まれると、エジプトの太陽信仰や、ユダヤ人やアラブ人などの部族統一を進め、他民族を殺戮して国を奪うことを神の命令として正当化する優生思想の「唯一絶対神」信仰が生まれました。

 これに対して、世界中に元からある多神教には次のようなものが見られます。 

① 自然信仰:太陽、山、海、雷などの自然そのものを崇拝する。

② アニミズム(精霊信仰):自然や動物などに宿る精霊を信仰する。

 マナイズム(聖力信仰):自然や人にとりつくマナ(精なる力)を信仰する。

④ 霊(ひ)信仰:祖先霊(霊(ひ)=魂=鬼)を信仰する。

自然信仰は自然の恵みに感謝し、日照りや災害など自然の脅威を恐れて祈る宗教であり、アニミズムやマナイムズは自然そのものではなく、自然に宿る精霊や聖力を信仰し、霊(ひ)信仰は人間に受け継がれる霊(ひ:祖先霊)を信仰するもので、子孫に祀られない霊は「怨霊」となり迫害者に祟るという宗教です。

 

 なお、補足すると、ウィキペディアは「アニミズム(英語: animism)とは、生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方。19世紀後半、イギリスの人類学者、E・B・タイラーが著書『原始文化』(1871年)の中で使用し定着させた。日本語では『汎霊説』、『精霊信仰』『地霊信仰』などと訳されている。この語はラテン語のアニマ(anima)に由来し、気息・霊魂・生命といった意味である」「タイラーはアニミズムを『霊的存在への信仰』とし、宗教的なるものの最小限の定義とした。彼によれば諸民族の神観念は人格を投影したものという(擬人化、擬人観、エウヘメリズム)」としています。

 ここで、縄文宗教について、日本の神道アニミズム、仏教、ユダヤ・キリスト・イスラム教と比較するために整理すると、おおよそ次のようになります。

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 この整理から、次のような点が浮かび上がります。

 第1に、日本の旧石器人・縄文人の宗教はアニミズムともいえますが、その根本は家族・氏族・部族共同体社会の「霊(ひ)・霊継(ひつぎ)信仰」を中心とした宗教であり、それは日本仏教にも影響を与え、現在に続いていることです。日本古来の宗教を「アニミズム」と横文字で一般化すべきではありません。例えば、「柿」は「フルーツ」といえますが、具体的に「柿」というべきなのです。

 第2に、これまで日本の旧石器・縄文時代の宗教を「自然宗教」としてきた説の誤りです。人の霊(ひ)の依り代である山や巨石・巨木信仰などを「自然信仰」に含めてしまうべきではないのです。

 「仏(仏像)つくって魂入れず」ではありませんが、タダモノの「木像」とみるか「魂=霊(ひ)」が入った「仏(ほとけ)」と見るかの違いと同じです。

 第3に、これまで西欧中心史観・キリスト教中心史観は、自然宗教アニミズムなどを原始・未開の宗教とし、創唱宗教であるユダヤ・キリスト・イスラム教を文明の中心に置いてきましたが、ユダヤ・キリスト・イスラム教もまた人の霊魂の存在を認めているのであり、霊(ひ)信仰は人類共通の宗教の土台であり、根本宗教なのです。

 ユダヤ・キリスト・イスラム教などの選民思想に基づく絶対的一神教は、日本の「伊勢神道」系の皇国史観の「アマテル太陽神一神教」と同じく、古代ローマ帝国重商主義国家・帝国主義国家の他民族征服・殺戮・支配を神の名において正当化する特殊・例外的な軍国主義帝国主義宗教として生まれたのです。

 中学生の頃、映画『エクソダス 栄光への脱出』を見て感動し、「This land is mine God gave this land to-me(神がこの土地をくれた)」から始まる大ヒットした主題歌に何の疑問も持ちませんでした。当時は、ドイツナチスの大虐殺などのユダヤ人迫害に対し、これを逃れたユダヤ人の解放の正義の戦いと思っていたのです。

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 ところが歴史を学ぶようになり、今はこの映画はユダヤ人のパレスチナ侵略賛美の巧妙な戦争宣伝映画と考えるようになりました。

 アララト山周辺の牧畜民のユダヤ人はカナン(今のパレスチナ)を「神がくれた土地」として略奪し、バビロン・エジプトに追われて捕囚・奴隷にされた後も再占領し、4度目のパレスチナ征服戦争を「神がくれた土地」として正当化したのです。

 残念なことに、旧約聖書を信じるアメリカ人キリスト教徒たちの多くもこの映画・主題歌に影響されてこの侵略・略奪を支持し、今にいたっているのです。アメリカ原住民の土地を奪い殺戮し、黒人を奴隷化し、ドイツ・日本に対して都市無差別爆撃・原爆投下などの異教徒殺戮を行ったアメリカ人たちもまたこの同じ選民思想軍国主義の「神」の宗教と私は考えます。

 1960・70年代、共同体にあこがれた若者の中にはイスラエルの「キブツ」にあこがれた人たちがいましたが、その実態はアラブ侵略者の占領地での「軍事キャンプ共同体」だったのです。

 今も続くこのような「神」の名による強盗・奴隷化・殺人を終わらせるには、盗みや殺人を禁じていた共同体社会の根本宗教・土台宗教に立ち返るべきと考えます。

 第4に、この人類共通の家族・氏族・部族共同体の根本宗教・土台宗教である霊(ひ)信仰は、全ての生類の「霊継(ひつぎ)」=「命のリレー」=「DNAのバトンタッチ」に一番の価値を置く生命尊重の宗教であり、人だけでなく生類全ての生命を大事にする共通価値を全ての宗教が持っていることを示しています。

 この原点に帰れば、生類の種の絶滅は避けることができ、宗教戦争・思想戦争・民族戦争による殺戮を防ぐことが可能になります。各宗教組織・民族はアフリカからの全歴史をたどり、家族・氏族・部族・民族共同体の宗教の原点から「生類の霊(ひ)・霊継(ひつぎ)」を全人類の共通価値として確認すべきと考えます。

 第4に、この人類共通の家族・氏族・部族共同体の根本宗教・土台宗教である霊(ひ)信仰は、全ての生類の「霊継(ひつぎ)」=「命のリレー」=「DNAのバトンタッチ」に一番の価値を置く生命尊重の宗教であり、人だけでなく生類全ての生命を大事にする共通価値を全ての宗教が持っていることを示しています。

 この原点に帰れば、生類の種の絶滅は避けることができ、宗教戦争・思想戦争・民族戦争による殺戮を防ぐことが可能になります。各宗教組織・民族はアフリカからの全歴史をたどり、家族・氏族・部族・民族共同体の宗教の原点から「生類の霊(ひ)・霊継(ひつぎ)」を全人類の共通価値として確認すべきと考えます。

 第5に、イギリスのストーンサークル文明や南北アメリカ文明のように、世界に普遍的に存在した氏族・部族共同体社会の祖先霊信仰の宗教は他民族支配と改宗強制によって多くの痕跡を失ってしまっていますが、米軍占領まで他民族支配を受けなかった日本列島においては、多くの遺跡と記録、伝承、祀りなどが連続して残っており、人類の霊(ひ)信仰の共同体宗教を明らかにすることができることです。

 「日本中央縄文文明」や「出雲を中心とした霊(ひ)・霊継(ひつぎ)信仰」の世界遺産登録を視野に入れた研究が求められます。

 

4 霊(ひ)信仰を世界にアピールへ

 「倭魂・倭才を忘れた漢才・洋才」派の左右の歴史学者たちは、記紀に書かれたスサノオ大国主一族の建国史を8世紀の創作として葬り去り、1万数千年の縄文人の宗教は太陽・自然・死霊・祖先霊信仰などの「アニミズム」と一般化しています。

 あるいは、ゾロアスター教キリスト教イスラム教・ジャイナ教・仏教・儒教などの「特別な一人(またはグループ)の創唱者によって提唱された創唱宗教」ではない、「民間の習俗的な意識から自然発生的に生まれてきた自然宗教」と規定し、日本の神道を原始人の習俗として低くみてきました。

 その結果、海外に出かける日本の若者は日本人の宗教を聞かれて「自然宗教」などと答える有様で(私の娘もそうでした)、原始人として軽蔑されてきたのです。

 このような西欧中心史観・キリスト教史観による宗教の規定・分類が、人類全体の歴史・宗教観をゆがめ、動物の絶滅や侵略戦争の殺戮や植民地支配、黒人奴隷制度を正当化し、ユダヤキリスト教イスラム教の戦争を今にいたるまで永続化させてきたのであり、今こそ全面的な見直しが必要と考えます。

 人類誕生から現在に至るまでの世界の圧倒的多数の「ヒト族」が信じてきた「霊(ひ)・霊継(ひつぎ)」信仰こそ、私は根本的・普遍的な人類の宗教であり、共通価値・思想として認めるところから宗教戦争・紛争に終止符を打つべきと考えます。

 その手掛かりとなるのは、侵略・異民族支配を受けることなく、旧石器時代からの歴史を残し、伝えてきたわが国の歴史なのです。歴史学文化人類学・宗教学など、故郷アフリカからの総合的な研究に若い人たちが研究を深めることを期待したいと思います。

 

□参考□

<本>

 ・『スサノオ大国主の日国(ひなこく)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)

 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)

<雑誌掲載文>

 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(『季刊 日本主義』40号)

 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(『季刊 日本主義』42号)

 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(『季刊日本主義』44号)

 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(『季刊 日本主義』45号)

<ブログ>

  ヒナフキンスサノオ大国主ノート https://blog.goo.ne.jp/konanhina

  ヒナフキンの縄文ノート https://hinafkin.hatenablog.com/

  帆人の古代史メモ    http://blog.livedoor.jp/hohito/

  邪馬台国探偵団         http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/

  霊(ひ)の国の古事記論 http://hinakoku.blog100.fc2.com/